死刑という言葉はミスチョイスだが、国内統一の厳罰化は現実的でない。

 福岡での衝撃的な交通事故発生から、飲酒運転撲滅の機運が急激に高まっている。

 けれど、
多くの意見が、公共交通機関が機能している大都市を前提として語られている。

 今回の静岡県知事の発言の中の死刑という例えは適切でないが、
農村部や地方都市を抱えたの発言として、現実に即した問題提起ではある。

 今すぐに厳罰化するという事は、即ち、
平民は地方や農村で暮らすな、というのと同じ事だ。
又は、田舎者は酒を飲むなと言う事か。

 実際のところ、日本には車がなければ、生活していけない地域がたくさんある。
と言うか、車がなくても生活できる面積なんて国土のほんの数パーセントに過ぎないのだ。

 多くの地方組織の長が、厳罰化をしゃぁしゃぁと口にしているのを聞く度に、
『お抱え運転手がついてるヤツは無責任だよなぁ』と思って聞いていた。
 自分だけそんな贅沢をしてるから、住民や一般職員の現状を無視してしまうのだ。

 地方財政は大方苦しい。と言う事は、住民の収入も低いのだ。

 農村部では、自分か家族が下戸でない限り、
又は、自給自足で人間との付き合いを絶ってしまわない限り、
飲酒運転なしではコミュニケーションが成り立たない。
少なくとも現状はそうなのだ。

 自然相手の1次産業は、ただでさえ人との係わり合いが少ないのに、
酒までひとりで飲めというのか?
 家族が送り迎えすれゃいいだろうって?
嫁の来てがなく、年老いた親を抱えた人はたくさん居る。

 代行運転やタクシーに払う余裕がない人たちもたくさん居る。
だいたいが、代行運転なんて無い地域の方が多いし、タクシーは夜早々と終わる。

 人通りの無い夜道を歩き、待ち伏せされたり、つけられたりすれば、
いとも簡単に犯罪の餌食になる。

 地方の市町村職員は、公務員であるだけでなく、
農業従事者であり、消防団員であり、地域の世話役であり、高齢者の介護人だ。
都会の公務員のように、公私の区別をスパッとはつけられない。

 それでもまだ、土地で生まれ育った人はいい。

 日本という国家を維持する為に地方で働く人達にとっては、負担がより大きい。

 警察官や裁判官、JR職員、新聞社や放送局の地方の支社などで働く人たちと家族にとっては、地域に旧知の知合いもなく、親族もない。
 利害関係が密になる為、誰とでも何でも話せるというワケにはいかない。

 人好き、酒好きの人が過疎地の派出所勤務になったら、ただ淋しいだけじゃん。

 厳罰化すれば、即解決って程カンタンではない、という事を解かって欲しい。
これからの日本一元論では解決出来ないのだ。

 都会の人達も田舎生活に対する創造力を持って欲しい。

tb to
<飲酒運転>すべて免職は死刑判決…静岡知事 議会は批判 [ 09月25日 20時10分 ]毎日新聞
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by oooo0 | 2006-09-26 00:00 | 世事
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