責任回避にしか聞こえない自治体の放送に、違和感を感じ続ける

f0035433_1865822.jpg 以前からずっと感じていた話。
私が住んでいる自治体では、毎日夕方5時に、

5時になりました。子供達は家に帰りましょう。

という放送が地域中に流れる。
 冬には4時に流れる。

 けれど、この時期5時はまだ大変明るい。
家に帰ったところで、多くの親はまだ仕事から帰っていない。
田舎なので学童保育などもない。
いくら田舎とは言え、近所に親戚が住んでいる家庭ばかりではないだろう。



 特に今は夏休み中だ。
この土地の子供達は都会の子供達に比べて、少なくとも自然環境だけは圧倒的に恵まれている。
 自然の時間経過や季節、天候の変化に伴う現象の変化を体で感じ学ぶという事は、大変意義のある事だ。そして田舎で育った者にしか得られない宝だ。

 例えば、宵闇が迫ってくる恐ろしさとか、お腹が空くのも忘れて遊びに熱中してしまう事など、人として生き物として大切な体験である。
 そういう体験を通して生命力も考える力も鍛えられるのだ。
 明るい真昼間には、カブト虫は捕れない。暗い時間帯にしか出来ない遊び体験ってたっくさんあるよね。

 なのに管理上、事なかれ主義で、注意はしていたのに…って、何かあった時の保険の為だけに、オーバーな放送を流し続ける自治体の姿勢は、無責任に聞こえる。
 ホンキになって、都会育ちの子供達とは違った特性を育てようとする気概が感じられない。
 室内でテレビを観たり、テレビゲームをしていれば、確かに事故には遭わないけどねぇ。
 
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 同じ話で、海辺の街なので、そっこら中で泳ぐ事が出来るのだが、土地の子供達は殆ど海では泳がないで流れるプールに行くそうだ。
 だって危ないし、汚いでしょ?と言う。親がついてなくちゃ行けないしねっと言う。

 確かに自然は良い面だけじゃなく、危険と隣り合わせだけど、入り口に足を踏み入れる事さえなく、ただ近づかなければ、危ない目には遭わない、という結論でいいのだろうかなぁ。
 その結果泳げない子供が多くなって、家業の漁業を継がない子供も多く、親を尊敬出来ず、土地の産業は寂れていく一方で、人口減少は歯止めがかからない。

 海も山も危ないけれど、素敵なところ。先祖代々恵みを与えてくれた尊敬すべきものなのだと、親も自治体も教えられない。
 日々の身の回りの自然に感謝して暮らす事。
それを教えるのが本当の意味で地域の大人がすべき事なんじゃないかと思う。

 まだひぐらしさえ鳴くか鳴かぬかの時間に、乱暴な放送を聞く度に、この土地に対する愛着は、少しずつ削がれ続ける。

 自然は素晴らしい。が、しかし…。
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by oooo0 | 2006-08-05 00:00 | 世事
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